私たちは切り取られた世界で生きている。〜森喜朗元首相の報道に思うこと〜


 

「あの子、大事なときには必ず転ぶ」
「真央ちゃん、見事にひっくり返りました」

昨日から、ソチオリンピック女子フィギュアスケートSPの結果を受けた森元首相の浅田真央選手へのコメントが炎上しているようです。

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『ひどい』『最低』『またやらかした』など、Twitterに溢れ変える森元首相への批判。私が最初に目にした記事は、これでした。

 

森元首相、真央に「あの子、大事なときには必ず転ぶ」/フィギュア』
http://www.sanspo.com/sochi2014/news/20140220/soc14022016130047-n1.html

東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相は20日、福岡市での講演で、ソチ五輪・フィギュアスケート女子ショートプログラム(SP)で16位だった浅田真央選手を「見事にひっくり返った。あの子、大事なときには必ず転ぶ」と評した。フィギュア団体については「負けると分かっていた。浅田選手を出して恥をかかせることはなかった」と述べた。

 日本体育協会名誉会長でもあり、スポーツ界に一定の影響力を持つ森氏の発言に対し浅田選手の地元・愛知県やインターネットなどで、反発や批判の声が上がった。

 浅田選手が団体でトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を成功させれば、アイスダンスの劣勢を盛り返し、銅メダルを獲得できるとの期待が日本チームにあったとの見方を強調。「(団体戦で)転んだ心の傷が残っているから(SPで)転んではいけないとの気持ちが強く出たのだろう」との同情も示した。(共同)

 

私も初めてこのニュースタイトルを見た時『なんだこの人!』と怒りに似た感情がわき上がりました。ただ、最後まで読むと”「(団体戦で)転んだ心の傷が残っているから(SPで)転んではいけないとの気持ちが強く出たのだろう」との同情も示した。”の一文。

私は特に森元首相を擁護するつもりも、支持しているわけでもありません。ただ、この記事への違和感がありました。発言の切り取り方、誰かの狙っている意図が、そんなものが見えた気がして。

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森首相のことばが垣間見えたからこそ、この記事では分からない本質があったのではないかと気になる。そこでもっと書いてあるものを探してみたのがこの記事でした。

 

『【ソチ五輪】森会長の発言要旨 「真央ちゃん、見事にひっくり返りました」 – MSN産経ニュース』
http://sankei.jp.msn.com/sochi2014/news/140220/soc14022019180058-n1.htm

東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の、講演でのフィギュアスケートに関する発言要旨は次の通り。

 「頑張ってくれと見ていましたけど(浅田)真央ちゃん、(SPで)見事にひっくり返りました。あの子、大事なときには必ず転ぶんですね」

 「日本は団体戦に出なければよかった。アイスダンスは日本にできる人がいない。(キャシー・リード、クリス・リードの)兄弟はアメリカに住んでいるんですよ。(米国代表として)オリンピックに出る実力がなかったから、帰化させて日本の選手団として出している」

 「浅田さんが(団体戦に)出れば、3回転半をできる女性はいないから、成功すれば3位になれるかもとの淡い気持ちで出した。それで、見事にひっくり返ってしまった」

 「その傷が残っていたとすれば、ものすごくかわいそうな話。負けると分かっている団体戦に、浅田さんを出して恥をかかせることはなかった」

 「転んだ心の傷が残っているから、自分の本番の時には、何としても転んではいけないとの気持ちが強く出たのだと思いますね。勢いが強すぎて転んでしまいました」

 

これでだいぶ、発言の全体が見えた気がしました。ところどころに見える優しさというか、元々スポーツをやっていた森元首相としての庇いなのか。

そうして今日、萩上チキさんによる森元首相の講演での全文が公開されました。全文は長くなりますので、URLより読んでいただければ分かるかと思います。

『森喜朗 元総理・東京五輪組織委員会会長の発言 書き起し』
http://www.tbsradio.jp/ss954/2014/02/post-259.html

 

私は、森元首相は悪意があって浅田真央選手をけなしたようには思えなかったのです。失言や無神経さはどうも変わらないとする方もいらっしゃるとは思います。ただ、この萩上チキさんの記事が公開されたことで『またマスゴミやらかした』となるかもしれません。いきすぎた表現が、事実の切り取りが事態を誇張したことに変わりはないと思うのです。

ただ、誰かの目につき話題になるためには、切り取られることが現実で。今までにもこのように誰か特定の人が責められ、のちにマスコミのいきすぎた報道だったと分かりマスコミが責められる構図は何度もあったと思います。

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これだけ情報に溢れた現代だからこそ、送り手も届けようと必死なんだろうと思います。ただ、送り手がいるということは受け手がいる。私たち受け手にも受け取るからこその責任もある。けれども改めて、受け手としても考える機会にすべきではないかと思うのです。これからうまく情報と付き合っていくことが必要となっていく世の中で、すべて丸呑みすることは、今見えているものをすべてだと捉えてしまうことの方が、よほど危険で怖いことだと感じるのです。

要旨があるということは、全文がある。誰かの意図や主観が入った瞬間、善ですらも悪に見せることだってできる。今見えている世界は、誰かの切り取った世界なのかもしれない。今見えている世界は、『自分の見ていたい世界』なんだ、って気づかなければいけない。自分に見えている世界より、ずっとずっと世界は広いのです。